2020.09.15|オアフ島

へなしゅん的ハワイ事典

へなしゅん的ハワイ事典 – サーフィン

アート/カルチャー

地球の7割は海だと言われています。地球は水がいっぱいの星なんですね。で、その周りに大気があって、地球の自転や大気の流れの影響で、海に波を起こしています。人間は陸上で生まれて生活していました。船をつくり海を移動することを知りますが、波は船を転覆させる怖い存在でした。

そんな時代に、小さな船で海を動き回る人々が現れます。ポリネシアの海洋民族です。彼らは星空から方角を把握し、何もない太平洋を庭のように移動しまくりました。そんな彼らにとって、波はいつもそこにある風景やったのでしょう。

ポリネシア人がハワイ諸島を見つけたのは西暦300年ごろと言われています。彼らは文字を持っていませんでした。なのですべて言い伝えです。それによると西暦400年ごろには、彼らは波に乗って遊び始めていたようです。

海に浮かぶ木材を削って板をつくり、バランスを取りながら波に乗ります。現在のサーフボードにはフィンというものが付いていますが、当時の板にはそんなものはついていません。そんなことが可能なのか? と思いますが、いやいや、ボードの大きさが違います。その頃のアリイクラスが乗るサーフボードは4メートルくらいあったそうです。しかも木のボードなので、めちゃくちゃ重たかったと思います。写真の木製サーフボードは、ビショップ・ミュージアムに展示されています。

西洋人はハワイにやってきて、波に乗るハワイアンを見て驚きます。何やっとんや!?って感じでしょうか。驚いた西洋人はそれを絵にしていますが、彼らが波乗りを理解できなかったことはその絵を見れば分かります。

サーフィンは、波に背中を押されるようにして進みます。なので、サーファーの後ろには波があります。が、その時西洋人が描いた絵では、サーファーは波の上に乗っかってしまっています。つまり波を乗り過ごした状態です。西洋人たちにとって、まったく不思議な風景やったんでしょうね。

このサーフィンを世界に広めたのは、デューク・カハナモクだと言われています。ワイキキビーチでサーフボードを背にして立っている銅像の彼です。

1890年生まれですから、日本は明治時代ですね。ハワイアンです。1912年、デュークはストックホルムのオリンピックで世界記録を出します。競技は水泳でしたが、すんごい記録更新だったので、なんやあいつは!?と話題になります。ディークはワイキキ育ちのサーファーでした。というわけで、世界はディークを知ると同時にサーフィンを知ることになります。ハワイで生まれたサーフィンを世界中に知らしめたのは、デューク・カハナモクなのです。そして、サーフィンは世界中に広がっていきました。

現在、いろんなサーフボードがありますが、大きく分けてロングボードとショートボードの2種類が知られています。超簡単に説明すると、ゆったり乗るのがロングボード、くいっくいっと技を決めるのがショートボードでしょうか。へなしゅんもその昔、ロングボードをやっていたことがあります。ショートは難しくて体力が持たなくて無理でした。そのうち、息子がショートボードを始めたと思ったらあっという間に上手くなってしまい、なんだか悔しくて、それ以降はやっていません(涙)

女性ビッグウェーブ・サーファーの先駆者が、困難を克服しようとする女性たちに、かつての自分を救ってくれたサーフ・セラピーについて語るハワイ州観光局の動画も見てみてください。波の迫力が分かります。

<2020/09/14の情報です>

へなしゅん
へなしゅん
福井県若狭地方生まれ。30歳を越えてからハワイ情報サイトの編集長としてハワイ入りし、現在は「ハワイスクープ」の編集長。ハワイ生活は20年目。WEB編集をやっているけれど、WEB技術は20年前レベル。英語も話せないまま。ハワイ史が好きでいろいろ調べたけれど、ハワイの象徴・フラは未経験、ウクレレもハワイ語もすべて中途半端なレベルというダメなおっさん。でも、記事は細かく作っている(つもり)。

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