2019.12.17|オアフ島

へなしゅん的ハワイ事典

へなしゅん的ハワイ事典 – ヨコハマベイ

ネイチャー

日本の明治時代後期から昭和初期にかけて、たくさんの日本人がハワイへ移民しました。シュガーケインプランテーションの労働者として、畑仕事をするのです。最初はハワイ王国との契約で始まった移民労働者でしたが、王国が滅びてからもシュガーケインプランテーションは続いていたので、アメリカとの契約で継続することになります。

当時、地図で言うと、オアフ島西半分にサトウキビ畑が広がっていました。一番北はカフクまであったそうです。収穫したサトウキビを製糖工場に運ぶため、オアフ島の西半分には運送用の機関車、シュガーケイントレインが通っていました。
今は静かなビーチしかないヨコハマベイですが、かつてはこのあたりにもサトウキビ畑が広がっていて、駅もあったそうです。鉄道はここからさらに西へ走り、カエナポイントで折れて北上します。

実はこのヨコハマベイ、本当の名前は「ケアヴァウラ」といいます。移民労働者たちがヨコハマベイと呼び始めて、この名前が定着してしまったそうです。理由ははっきりしていません。いろんな説がありますが、日系移民がこの地で日本を思いながら釣りをしていたから、祖国の港を思って名付けた、という説が一番強いそうです。
へなしゅんは、ヨコハマベイと言われるようになった理由についてはそれほど興味はありません。が、日本からの移民労働者たちが、休みの日にここで釣りを楽しんでいたという事に関しては好奇心を刺激されます。移民たちは、海を眺めながら遠い祖国を思っていたのかなあ、と思ったりして。

何も知らずにやって来ても感動するステキな風景ですが、歴史を知ってから行くと、もっと感じるものがあると思います。

へなしゅん
へなしゅん
福井県若狭地方生まれ。30歳を越えてからハワイ情報サイトの編集長としてハワイ入りし、現在は「ハワイスクープ」の編集長。ハワイ生活は20年目。WEB編集をやっているけれど、WEB技術は20年前レベル。英語も話せないまま。ハワイ史が好きでいろいろ調べたけれど、ハワイの象徴・フラは未経験、ウクレレもハワイ語もすべて中途半端なレベルというダメなおっさん。でも、記事は細かく作っている(つもり)。

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